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ベルリン、シュプレー川、2012年2月4日

氷が溶けて割れ流れてゆく。

『職業としてのディレッタンティズム』

ベルリン文学・文化研究センターのシンポジウムで御用達のようにして本を売っていた出版社KADMOSのラインナップから、テーマが気になったので買った1冊、『職業としてのディレッタント』(ドイツ語原書)。
グンブレヒト氏の著作を取り寄せるついでに買った彼の編著『潜在性──精神科学における盲目の旅客たち』(ドイツ語原書)という本を斜め読み。第2次世界大戦後のドイツ史を「潜伏期(Latenzzeit)」ととらえる視点に触発されて編まれたものとのこと。多くはグンブレヒト氏と同世代の、日本では団塊の世代の執筆陣で、ロジェ・シャルティエ、ペーター・スローターダイク、ホルスト・ブレーデカンプなども。

だから、ある種の世代経験、時代経験を背景としつつ、「潜在性・潜伏性(Latenz)」をキーワードに、哲学、文学研究、歴史、美術史まで、幅広い論考を集めたもの。19篇の論考が「解釈学」「詩学」「系譜学」「存在論」の4つに分類されている。
「ややアメリカ的な問い」という副題がついている。2010年6月8日にオスナブリュック大学で行なわれた講演の記録。

グンブレヒト氏は2007年に慶應大学で「大学の人文学に未来はあるか?」という講演をしており、記録が公開されている(PDF)。現代ドイツという文脈を離れた人文学の趨勢については、二つの講演は重なる部分が多い。

Lessons of the Masters

高田康成氏による邦訳を読む。こなれた達意の訳。古代を中心に論じた第一章がとくに興味深い。刺激的だったのは、大学で知を商売にしているわれわれはソフィストの末裔ではないか、という趣旨の指摘だ。テクスト分析や引用といった手法のような体系的教育の習慣を始めたのはソフィストだった。知に対する対価というかたちで報酬を得たのも彼らである。

まさにソフィストの時代以来、哲学の大半は、大学に類する組織において、公の専門職の資格をもった人々によって「牛耳られて」おり、そしてこの哲学という仕事にたずさわる者が給料を期待し、また実際受け取ってしまっているために、われわれはこの職業に内在する興味深い問題[真理や知に対する謝礼をめぐる問題]を見過ごしてしまっている。

こうした組織に対する反抗者がショーペンハウアー、ニーチェであり、ウィトゲンシュタインもこの状況を胡散臭いものと見なし、スピノザも距離を置いた。「真の師は、給与は雀の涙ながら、その精神性において托鉢修道僧に似るものとなる。(...中略...)さらに現実に即して言えば、ものを考え問いを発することを仕事とする教師は、天職とは直接的に関係のないしかたで、日々の生計を立てることになる。靴職人だったベーメ、レンズを磨いたスピノザ、困窮にあえいだパース、事務員だったカフカやウォレス・スティーヴンズ、作家だったサルトル・・・。

ソクラテスの教育はいわゆる教育の拒否であったという指摘。なぜなら「無知の知」へと対話者を導くのだから。それはウィトゲンシュタインにも通じる。彼らの「意図を理解した者は誰でも独習者になるのだ」。人の心のバランスを乱してやまず、理解したと思った瞬間に、その理解を砕くような「神話」や「喩え話」の比喩構造。

注目すべき一節──「地獄という名の幼稚園──幼児性とは地獄落ちの常態に等しい」(70頁)。とするならば、インファンスは地獄に堕ちている。パウル・クレーの《幼稚園=地獄の天使》。

ダンテとウェルギリウス、ファウスト博士をめぐる問題圏などにいたるまでの論述には緊張感を感じるのだが、それ以降(第三章後半のフッサールとハイデガーの師弟関係以降)はやや足早になってしまう。古今東西にわたる途轍もない教養がうかがわれることは確かだし、今日的状況への目配りもあって触発はされるのだが。講演を元にしていることに由来し、また、優れた翻訳の賜物でもある、淀みなく流麗な語り口そのものが、結果的には自分にとっての壁になる。スタイナー自身のこの「教え」はどのような「師」から継承され、どんな「弟子」に伝えられようとしているのかが見えない。それともこれは所詮、師弟関係とは関わりのない、顕教的な表向きの言説なのだろうか。

密儀(密教)と顕儀(顕教)の区別、および、前者は師から弟子へと口伝でしか伝えられないといった事態について、本書では何度か言及される。スタイナーの論述が旋回する核心となる、エロスの問題もまたそこに関わっている。それゆえ、この枠組み内部での口伝の重要性は疑いようもないが、しかし、師の教えがテクストというかたちで漂流し、まったく予想もしなかったところに弟子(私淑する者)を見出す可能性はつねに残されるだろう。「独学者」の存在がここに浮上してくる。

著者も触れているように、劃期的な発見はむしろ、師弟関係の外にいるディレッタントやアマチュアによってなされることが多い。創造的なひらめきという「狂気(マニア)」は教えられるものではない。師にできるのは、その直前まで弟子を導くこと──「無知の知」に直面させること──にとどまるだろう。

本書を読んで最後に想起したのは、『日本浪曼派批判序説』増補版「あとがき」(未來社、1965)で、ジョルジュ・ソレルの言葉「私は、私自身の教育のために役立ったノートを、若干の人々に提示する一人の autodidacte である」を引いて自分自身をも「autodidacte」、すなわち独学者と規定した橋川文三だった。鶴見俊輔はこう証言している。

あるときなんか、丸山さんの自宅を訪ねたら私の先客に橋川文三がいたね。そのとき丸山さんは、こういうふうに言うんだ。「これは橋川君。評論家だ」って。彼は「自分の弟子だ」とかは、けっして言わないんだ。──鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの──鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社、2004)
ここに師弟関係はなかったと考えるべきなのだろうか。それとも双方の側からする別離があったと考えるべきなのだろうか。

ソフィストの末裔であることに甘んじるのでなければ、どんな場所からもアクセス可能な、知識の公然たる技術的世俗化が果てしなく進行しつつある状況下だからこそ、どのような形態の密儀が、隠者としての托鉢修道僧の住み処が、独学者の共同体が、今この時点で可能だろうか。
nachDenken. Internationale Wirkungsgeschichte der deutschsprachigen Geisteswissenschaften und ihrer Sprache

これもベルリン文学・文化研究センターのシンポジウム。3日間の日程だが、今日は行かないので、以下が備忘のためのメモ。非常に長文です。
Internationaler Workshop: Neue Perspektiven der Warburg-Forschung
「ベルリン文学・文化研究センター(Zentrum für Literatur- und Kulturforschung Berlin)」主催のワークショップ。2011年11月25〜26日。
中心になっているMartin Treml氏は所長のSigrid Weigel女史とともにズーアカンプ社から一巻本のヴァールブルク著作アンソロジーを編纂・刊行している。

海江田万里氏について

海江田万里氏が首相になりかねない状況になってきた。
現在感じている暗澹たる思いを記録するために、昨年10月3日にツイッターで呟いた内容を転記しておく。

   * 18:54  ドイツ統一20周年:ドイツ統一記念日レセプション@ドイツ大使公邸から早々に帰宅。
   * 19:02  ドイツの政治家フェアホイゲン氏の統一20周年を回顧し、日本とヨーロッパ共通の未来を謳う格調高い(いささか長すぎたが)演説のあと、乾杯の音頭は民主党の大臣・海江田万里氏。「大使館のあるこの地域が自分の選挙区なので、そういう意味で来ました」と述べる。「そういう意味」ってどういう意味?
   * 19:05  さらには、「あまり長く喋ると、次の選挙でわたしに投票していただけなくなるので、このへんで乾杯でございます」とまで。「乾杯でございます」という台詞もあまり聞かないが、ドイツ統一20周年記念日に招かれているのに、お前は自分の選挙の心配しかしないのか、と。呆れた。
   * 19:07  もしかして、衆院選が近いのか? 格調高い演説までは期待しないけれど、自分の選挙区だとか選挙の投票だとか、話題がいかにも場違いな気がした。そのスピーチがドイツ語に訳されているのを聞いてため息。
   * 19:13  だいたい大使館のある港区に住んでいる選挙民など招待客のごく一部であることは、少し考えればわかることではないだろうか。風見鶏的な目先の利きそうな政治家というイメージがあるだけに意外な気もする。これはいよいよ解散→総選挙の流れができつつあって、浮き足立っている証拠か?

「トポフィリ――夢想の空間」展

期間:2011年7月20日(水)-30日(土)11:00-17:30(入場は17:00まで)※26日(火)休
会場:東京大学駒場キャンパス1号館時計台内部空間(6階)及びそこに通じる螺旋階段(3-6階)

以下の画像のうち、作家・作品名・所蔵者をあげた対象については、「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
by-nc-nd.pngのサムネール画像

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時計台。窓から覗くものたち。

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螺旋へ。

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踊り場。

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渦巻き。

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会場風景。
手前の棚の上:内林武史《軌道終生》、左手奥:内林武史《結晶製造器》、右窓際:ガラスびん(びん博士コレクション)。

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地脈。

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佇む白いものたち。

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二人。
ガラスびん(びん博士コレクション)。

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趣味的研究のマニア

『UP』6月号の記事に、学部進学時(3年生)における勉強から研究への頭の切り替えをめぐるエッセイがあった(塚谷裕一「芽生える」)。著者は、この時期に研究がしたくても我慢して勉学を続ける学生と、とにかく早く研究をしたいとできる範囲で手を出し始める学生との違いについて述べている。前者はあらかじめ答えのある問いについて学ぶ「勉強」が習い性になってしまい、誰も正解を知らない疑問の答えを見出そうとする「研究」に近づけない。他方、後者のように研究の真似事ばかりしていると、「趣味的な研究スタイル」が身についてしまう可能性があるという。この場合、楽しい実験は率先してやる一方で、ある結論が見えてしまうと、その結論を他人に納得させられるだけのデータの詰めをするのが馬鹿らしくなってしまいかねない。

自分について言えば、基本になっているのは「趣味的な研究スタイル」以外の何ものでもなかったと思う。自分の納得できる結論こそがもっとも重要であるという点も同様だ。自分なりに一定の理解に達することができれば、基本的にはそれで十分なのである。

そこに危険性が存在することは承知している。だが、問題は自己自身に課したハードルの高さであって、自分を納得させられるデータの詰めが同時に客観的に妥当する水準であれば良いだけのことだろう。「趣味的」と言うと、いかにも恣意的な自己満足のようだが、趣味が仕事以上に真剣でないわけではないのだ。そして、自分の著作を審査する絶対的な審級は、同時代の学会やグローバルな学者共同体ではなく、究極的には「歴史」でしかないとわたしは考えている。われわれは同時代のためにのみ書くのではない。

著者が専門とする生物学と人文学との違いもあるだろうが、「趣味的な研究スタイル」が、習い性と化した「勉強」よりも危険なものだとはまったく考えない。むしろ、逆だ。「お勉強」が習慣化することほど、研究者として危ういものはない。ひとつの難問を抱え込みすぎたあまり、答えの出る目先の小さな問題という瑣事拘泥に陥って、そもそものテーマもろとも、自分の研究者としての感性まで腐らせてしまうという、研究の「勉強化」もたびたび起こることである。

ただ、それなりの年月のあいだ、学生の論文に付き合ってきて思うのは、「趣味的な研究スタイル」を自分で律することの難しさではある。優秀な素質をもった学生であればあるほど、どんなテーマでもそれなりの結果を残せてしまうから、ひとつのテーマを長く追究することができずに、結局、研究者としては大成しない。

だから、重要なのは生半可なかたちで答えなど出ない問いこそを抱え続けることなのだ。意識的にせよ無意識的にせよ、自分がつねに立ち戻ってしまうような問いの場を、どこかにもっていることなのである。

その意味でかつて「偉大なテクスト」との出会いの重要性を語った渡邊守章さんの言葉には深く共感する。いつまでも「問い」として眼前に立ちはだかり続けるようなテクストや作品に対して、幾度も繰り返し試みられる解釈という格闘を経験しない者に、人文学の凄みなどわかるはずもない。これは別に古典学を代表とする文献学を殊更に称揚したいわけではない(そうした分野もまた、「勉強」としての解釈という儀式を繰り返すだけの安定したジャンルになっていはしないか)。「偉大なテクスト」との遭遇とは、どんなものであれ、テクストに「選ばれてしまう」という経験である──逃れられないような宿命として。

だから、「自分の愛好する対象は研究するな」という某老師の教えは、大学(院)新入生には通用する処世訓ではあっても、所詮、それだけのものでしかない。「偉大なテクスト」との関係は、こちらが恣意的に愛したり、飽きて捨てたりできるようなものではない。はるかにつらい、傷つけられるような体験だ。人文学における「趣味的な研究スタイル」に首尾一貫性を与えるものがあるとすれば、この体験だろう。それはつまり、答えなき巨大な「問い」との、さらに言い換えれば「歴史」との遭遇である。

冒頭で引いた塚谷氏はエッセイの末尾で、中立進化説提唱者の木村資生氏が「蘭にのめりこんではいけないよ。偉くなれないよ」と語ったというエピソードを紹介している。当の木村氏は、アメリカに品種改良の農場ももっているほどの蘭マニアだったという。「その木村先生の言葉をどう解釈すべきかは、なかなかの謎である」という一文は、自然科学研究においても──研究の直接の現場ではなく、潜在的にであれ──必要とされる「マニア(狂気)」を告げているように思われる。

笑っている

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枝垂れ桜

庭に咲いた枝垂れ桜

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自戒(緊急時の意思決定)

今回の大震災後、自分が関わる複数の催しがあり、それらを中止するか否かの決定にあたって、リスク認知の齟齬に逢着することが繰り返された。非常にもやもやする思いが残ったので、ここに戒めとして心覚えを記しておきたい。

宙吊りの時間

大地震発生から一週間が経った。福島原発事故の収束は見えず、これが東北や関東圏の生活にどんな影響を与えるのかは予測できない。その行方によっては、現状のような生活の維持は難しく、大規模な疎開や移住すら必要とされるかもしれない。

従って、被災地に身を置いているわけではなくとも、今回の震災を客観的に見ることができるような距離を、わたし自身はいまだもっていない。だからここでは、発生後一週間というこの時点で、首都東京圏に生きている者の生活感覚とそこから思い浮かぶあれこれを、のちの反省のために──そんな時間が与えられたとすればだが──書き留めておくことにしたい。

Flowers

庭の花々。

雪割草、馬酔木(あせび)
白梅、藪椿
沈丁花、雛草

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第1回東京大学南原繁記念出版賞講評

鶴見太郎さん(日本学術振興会特別研究員)が受賞なさった『ロシアとパレスチナを繋いだ想像力--シオニズムの歴史社会学』について、審査員を代表し、講評を書きました。→こちら

謹賀新年

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高等教育と学術出版

 教養学部報で高田康成氏がイェール大学への出向からの帰国報告──「感慨がない」という感慨──を書いている。かの地の大学教育をめぐる状況と東大・駒場の状況との格差について述べたものだ。そこでオックスフォードの日本研究者Roger Goodman教授がイェールで行なった講演が紹介されていた。日本における高等教育の崩壊をめぐる内容であるという。理系は別として(ということは文系には)まともなカリキュラムがなく、したがって評価のシステムもない云々、といったことらしい。

人文学の大志

 10年前であれば蓮實重彦元東大総長のように「大学ランキングなどという、はしたないものには協力しない」と啖呵を切っていられたのだが、今ではもはや無視できない指標になってしまった。最も有名なタイムズの大学ランキング(THES)に関しては、とくに論文の被引用数の算出方法などが疑わしいなあと思っていたところ、案の定、自己引用やいろいろなからくりがある(参照)。しかし、そんな代物でも、順位を付けてしまえば、それが一人歩きするのだから恐ろしい。人間のさがだろうか。
『図書新聞』(2010年11月20日号・2990号)で柏木博さんが書評してくださいました。
『東京新聞』に続く書評です。拙著をイメージ研究の系譜に正確に位置づける評に感謝します。

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Profile

田中 純
東京大学大学院総合文化研究科・教授
TANAKA Jun, Ph.D.
Professor
The University of Tokyo

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