日本経済新聞夕刊(11月9日)で井上章一さんに書評していただきました。
平凡社の方が公開なさっている書評の画像です。
最後の一文、正確に意図を汲み取ってくださっている。拙著で問題にしたのは世紀転換期ヴィーンの「スタイル」──生と性、倫理と芸術を横断する──だったのだから、とくにロース/クラウスのスタイル=文体をどこかで意識していた。新書という雑誌に近い形式でなければ、そうはしなかったかもしれない。
その文体の特徴とは、ロースの創刊した雑誌名で言えば「他者(別のもの)」、つまり、異質性。ロースは「オーストリアへの西洋文化の導入のため」と言った。異質性をそれと知るためにはコンテクストの知識が必要だ。そもそも思想史は多領域の関係性をメタレベルで考察するものなのだから、そのために前提とされるコンテクストの理解も多重化する。しかし、いくつかの峰を越えて山を登った果てに見える風景──その地形──にこそ、思想史の醍醐味もまたあるというものだろう。
平凡社の方が公開なさっている書評の画像です。
最後の一文、正確に意図を汲み取ってくださっている。拙著で問題にしたのは世紀転換期ヴィーンの「スタイル」──生と性、倫理と芸術を横断する──だったのだから、とくにロース/クラウスのスタイル=文体をどこかで意識していた。新書という雑誌に近い形式でなければ、そうはしなかったかもしれない。
その文体の特徴とは、ロースの創刊した雑誌名で言えば「他者(別のもの)」、つまり、異質性。ロースは「オーストリアへの西洋文化の導入のため」と言った。異質性をそれと知るためにはコンテクストの知識が必要だ。そもそも思想史は多領域の関係性をメタレベルで考察するものなのだから、そのために前提とされるコンテクストの理解も多重化する。しかし、いくつかの峰を越えて山を登った果てに見える風景──その地形──にこそ、思想史の醍醐味もまたあるというものだろう。









