都市〈計画〉の消尽
Mirage City
Preface
〈デジタル・アーキテクト〉という名を磯崎デミウルゴスから与えられ、しかし、アーティストとも建築家とも見なされていない〈その他〉の、例外の存在として海市展の製作に招待されたからには、私自身は建築家共同体とも、アーティスト間の関係とも無縁なところで、この展覧会に対する〈批評〉としての介入をおこなうのが自分のなすべき仕事であると思われた。
従って、われわれの作業は単にヴィジターズ島のみならず、海市展全体に対する批評にならざるをえない。場合によっては、プロトタイプほかの模型に介入することもありうる。そして、そのような介入こそを、海市展のコンセプト(〈他者〉とのインタラクション)は求めていたのではなかっただろうか。おそらく建築と都市計画をめぐる、あるいはICCという美術館の制度をめぐるアクチュアルな問題が、このような介入によって生じるコンフリクトを通じて顕在化することにもなるだろう。
建築や表象文化論を専攻する学生を共同製作者として、4月の海市展開会以来おこなってきた分析の結果が、6月22日から28日までの会場構成とここに示されるテクストである。
コンセプト・メーキング
ヴィジターズのゲストには担当週直前の1週間がコンセプト・メーキングの期間として与えられている。しかし、われわれは4月以降、すべての週末に検討の集まりをおこない、この期間すべてをコンセプト・メーキングのための議論に費やした。
- 海市計画へのアプローチ
海市計画を構成する重層決定のネットワークに対する言説分析を、プランニングからメタ・プランニングまで、さまざまなレベルにおいておこなう。それは実現可能な都市計画としての政治・社会的文脈における、海市計画のイデオロギー批判にはじまり、磯崎プロトタイプの都市計画的分析、あるいは海市展が前提としている都市計画をめぐるメタ言語の批判、さらに建築家磯崎新の海市に向けた欲望の所在や、海市展を包み込む宗教性にまでおよぶ。
- 超衛生都市とその分身
「30年前に死んだ近代のユートピア」と人は口にする。しかし、その死は確認されているだろうか。あるいは、確かにそれが死んだとして、その屍体はどうなったのか。埋葬は正しくなされただろうか。正しく埋葬の儀礼をおこなわれなかった死者は、完全に死に絶えることも不可能なまま、幽霊となってさまようという。近代の夢としてのユートピアは、そんな幽霊として、いまアジアをさまよっているのではないのか。
- ユートピア(として)の墓、あるいは一人の使徒による福音
─ 「海市 ─ もうひとつのユートピア」展に寄せて ─
(『新建築』1997年7月号掲載)
リアライゼーション
1997年6月28日におこなわれたギャラリー・トークにおける、T医師(田中純)のスピーチの内容です。
ヴィジターズ模型とプロトタイプ模型の間に張り渡された数百の包帯からなる白いスクリーンに、担当会期中投影された映像の短縮編集版です(QT-Movie, 3881K)。この映像はプロジェクターから発し、吊された一坪の大きさのプロトタイプ形の鏡によって反射され、スクリーン上にプロトタイプの形にくり貫かれて映し出されました。
製作担当:門林岳史、菊岡保裕、當間千代子
back to index